「人々は生涯で最も意義ある投資として資産を築くことをはばまれ、住宅だけでなく家庭を築くための投資でつくられるはずの社会資本(社会関係資本)をもつことができない。」
これは、ジョセフ・E・スティグリッツ氏が、著書『これから始まる「新しい世界経済」の教科書(徳間書店)』で述べられている言葉です。
(※原文:A broken housing finance system keeps people from building assets by making the most significant investment of their life, exposes people to higher costs of rental housing, and forces them to forgo the social capital built when people invest in building a home, not just a house.)
サブプライム問題以降のアメリアの住宅金融市場が機能不全に陥っている結果、人々が被っている状況についての説明です。
原因はともあれ「まっとうな住宅市場がなり立たないと、人々は住宅だけでなく社会資本(社会関係資本)をもつことができない。」と解釈してもよいと思うのです。
個人的には上記の言葉にとても敬服しました。なにか弱者に対する思いやりが感じられる思慮深いお言葉。とても響きました。
スティグリッツ氏が、元々エスタブリッシュメントでありながら、社会の公平性、社会的不平等を問題視する本物の知識人であることを再確認しました(^^)
売り手と買い手に強い「情報の非対称性」があるとまっとうな市場がなりたたない
スティグリッツ氏が「非対称情報の市場経済」の研究でノーベル経済学賞を受賞した2001年度、おなじくノーベル経済学賞を受賞されたジョージ・A・アカロフ氏は、すでに1970年の論文(「レモン」の市場:品質の不確実性と市場のメカニズム)で「情報の非対称性」による市場の失敗について、中古車市場を例に問題定義されていました。
ようするに、売り手と買い手の間に商品についての情報量の差があると、まっとうな市場がなりたたないというお話しです。
つまり「情報の非対称性」の強い市場では、必ずしも市場は効率的な資源配分をもたらさない。
そのような市場では、結果的に、市場価格が下がり取引量がわずかになり、市場自体がなくなってしまうこともあるという内容です。
その仕組みを、中古車市場を例に説明されています。
ん~、中古車市場よりもっとわかりやすい「情報が非対称な市場」の例がありはしませんか(^^;
そうです。日本の中古住宅市場です。
アカロフ氏の説明にならえば、日本の場合、建物の価格が下がりすぎて、最低価格に収れんし過ぎた結果、建物の値段を付けられなってしまったということでしょうか。
それで、やむなく経年減価というモノサシを導入しているのでしょうか…
日本の住宅市場の課題と解決策はすでにハッキリしている
これまでにも、たとえば1995年(平成7年)の阪神・淡路大震災が起きた際や 2005年(平成17年)の耐震強度偽装事件など、住宅業界・建設業界を揺るがすような出来事が起きたあとには、住宅業界や住宅市場のあり方をゼロベースで見直すようなまっとうな議論がなされてきたと思います。
例えば、公益財団法人 東京財団が、建築基準法の問題点について検討し2009年(平成21年)2月に発表した、
政策提言『住宅市場に“質の競争”を~建築基準法の本質的欠陥と改正提言~』は、とても本質的な住宅市場の問題点を指摘されていると思います。
中古住宅市場はもとより、新築を含めた日本の住宅市場全体の課題と提言が建築基準法を軸にまとめられています。
P26の「【5】おわりに~これからの住宅ストックのあり方について」だけでも目を通されることをおすすめします。
また、中古住宅市場については、国土交通省が2013年(平成25年)3月6日に設置した「中古住宅の流通促進・活用に関する研究会」でも、課題と提言が指摘されています。
この中では、木造戸建ての住宅の建物が約20年で価値ゼロという業界の「常識」によって、日本の中古住宅流通市場は「市場の失敗」だと明記されています。
つまり、日本の中古住宅市場は「情報の非対称性」による「市場の失敗」の事例だと指摘されているわけです。(^^;
日本の住宅市場は変れるのか
一般的に、どんな市場でも、「売り手」と「買い手」あるいは「採用する側」と「採用される側」の各々が所有する取引対象についての情報量には、多かれ少なかれ差があります。
その格差をできるだけなくし、市場がよりフェアにより効率よく機能するよう、さまざまなルールや仕組みが用意され調整されていきます。
これは、住宅以外の市場、たとえば中古車市場でも保険市場、労働市場などでも同様です。
ところが、日本の中古住宅市場はというと、未だに「情報の非対称性」による「市場の失敗」が続いているままだと指摘されているわけです。
すでに空き家問題などが顕在化し日本の住宅市場は変わらざるをえない待ったなしの状況であることはハッキリしているのですが、いまここから日本の住宅市場は変っていけるのでしょうか。
2018年4月からスタートする「インスぺクションの説明義務化」は、果たしてそのキッカケになれるのでしょうか。
東京財団の政策提言 「住宅市場に“質の競争”を ~建築基準法の本質的欠陥と改正提言~」では、現行建築基準法の問題の解決ひとつをとっても、
「建築物に関する消費者の認識の歪みや、建設・不動産業界の独特の構造は50年以上もの長期にわたって形成されてきたものであって、一朝一夕でそれがすべて解決するような妙案はない」と断言されています。
日本の住宅市場が変っていく道のりには、まだまだ相当な時間がかかると思いますが、個人的には「インスぺクションの説明義務化」から日本の中古住宅市場が変わっていくキッカケになることを期待しています。
住宅診断(ホームインスペクション)ナビのスタンスは、住宅購入者側に立つことです。(^^)
中古住宅市場については、さらに、土地(立地)についても言及しないわけにはいきません。
以前のブログ記事「中古住宅の資産価値と立地について」でも述べていますが、「中古住宅を買う」とは「土地を買うこと」でもあるのです。
「土地を買うこと」はもちろん、中古住宅に限りません。新築の分譲住宅を買う際でもあてはまります。
今後ますます重要なのは、購入しようとする土地の換金性は良いのか。担保価値は維持されるのか。つまり将来の市場価格が維持される土地なのかという部分です。
人口減少、少子高齢化、相続税の課税対象者数の増加、生産緑地の2022年問題などなど、今後の日本の住宅地には、土地あまりの要因しかありません。(^^;
建物の資産価値ももちろん重要ですが、建物がまっとうに評価されるようになるまで、現実的にはまだまだ相当の時間を要すると思われます。
よって今現在では、資産としての住宅を購入(=投資)するなら、土地の立地(ロケーション・エリア)こそ、第一に重視すべきポイントです。
特に大都市郊外や地方都市では、今後さらに、土地の立地(ロケーション・エリア)によって、担保価値の格差が極端に変ってしまう可能性があるからです。
購入する住宅(土地)の立地の選択によって、「生涯で最も意義ある投資として資産を築くことをはばまれ、住宅だけでなく家庭を築くための投資でつくられるはずの社会資本(社会関係資本)をもつことができない。」ということになりかねないからです。